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世襲制について考える

世襲制について考える

パーマリンク 2014/11/10 22:28:04 著者: y-ishida2 メール

明治村の呉服(くれは)座で「グランド歌舞伎」が始まる。グランド歌舞伎とは歌舞伎をもっと身近なものにする、安くて、誰でも演じることができるようにしようという演劇運動である。
「日本伝統芸能振興会」の竹柴源一さんが言い出し、共鳴して私が実行委員長を引き受けた。
現在の歌舞伎界は世襲制になっている。名門歌舞伎の家柄に縁がないと歌舞伎界で名を成すことはできない。どんなに歌舞伎が好きでも、国立の歌舞伎専門学校で学んでも、主役を演ずることはできないシステム、世襲制になってしまっている。歌舞伎の起源は士農工商以下の階層から興り、誰もが参加できる大衆が生んだ演劇文化である。
で、本来の歌舞伎に戻そうと、地芝居出身の俳優松井誠さんが、いわば「歌舞伎ルネッサンス」を考えたのがグランド歌舞伎だ。
最初、この歌舞伎界の現状を聞いた時、現在の歌舞伎世界は世襲制の虚構をつくり外の血を排除している差別の世界ではないかと私の内なる社会正義にむらむらと火が付いた。階層社会の武家文化だった能と、大衆演劇であった歌舞伎をいっしょくたにしてしまい、歌舞伎を権力の象徴にした。繰り返すが、歌舞伎は本来列島津々浦々に点在した地芝居がベースの大衆の娯楽だったのだ。
政治の世界に目を転じる。小渕優子経産大臣の政治資金問題で明るみになったが、あの金銭感覚から世襲議員の弊害が見えてくる。今や衆院議員の4人に1人が世襲議員、政治世界も世襲制と言ってもいいのではないか。 若い頃、私が仕えた衆院議員の後継はまさに世襲だったから政治家の世襲の実態はよく知るが、危ういと感じる人が多い。福沢諭吉は幕末の頃アメリカを視察し、武家社会の不平等な世襲制を徹底的に批判、江戸幕府の転換を迫った。
世襲で親の跡を継ぐ者は所詮親の七光であり脛齧りだから自分の職業を自分で切り開くプロセスが無く、最初苦労をする立ち上がりの核心部分が抜け落ちている故にどうしても脇が甘くなる。特に自民党の政治家は、利権や体制側と結びついているから、支援者もどんぶり勘定の強固な利権集団になっている。
歌舞伎世界でも、政治世界でも、これは個人の資質や責任を超えたところに到達してしまっているという気がする。
アメリカでは、大統領や自治体の長は2期8年以上は出来ない制度になっている。長期に渡って権力を独占する者は必ず腐敗するという人間の性を見透かした賢明な知恵なのだと思う。
時々、何処の馬の骨だかわからないような人物が名を成していく世の中こそ、風通しのいい民主主義社会と言えるのではないか。
我が国で世襲制は天皇だけでよい。

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