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4月23日 論語

パーマリンク 2014/04/25 09:10:17 著者: y-ishida2 メール

政治評論家の森田実さんは40年来のお付き合いである。私が師と仰ぐ数少ない人の一人だ。森田先生が客員教授を務める東日本国際大学学長緑川浩司氏の著作「人間力をはぐくむ」が贈られてきた。
東日本国際大学は孔子の教えである「論語」を建学の精神にしていると知った。この著作の中で、森田先生と緑川学長との「論語」を介して語られる教育対談は読み応えがあった。

私の座右の書は「論語」である。
「論語」の魅力は言葉の力だと思う
私が論語に初めて出会ったのは中学生の時だった。私の学んだ中学校は中高一貫の私立校で、中学から漢文があり、大好きな教科だった。唐詩選に魅せられたが、漢文を朗読する時感ずる言葉の心地よさの中に「論語」があった。
その後、政治世界に身を置き、政治家の書のほとんどが「論語」の言葉と気が付いた。私が仕えた江崎代議士の応接間に、吉田茂の書で「夫子ノ道ハ忠恕ノミ」の扁額が掲げられ、これが「論語」を熟読する機会になった。
日本人は「論語」好きだ。渡来文明の中でわれわれは、仏教に匹敵するくらい儒教に影響を受けたのではないかと思う。「論語」の解説書は山ほどあり、雑誌類、アニメ世界にも「論語」の解説は溢れている。私はそれらを片っ端から読んだ。
犬山市長時代教育改革に取り組んだが、私の教育観のベースは、「論語」の冒頭「学んで時にこれを習う 亦楽しからずや」。学ぶ楽しさへの弾むような孔子の声だった。
「人間力をはぐくむ」の中で、森田実さんは「過ぎたるは猶及ばざるが如し」を、いわゆる中庸の思想として「論語」の白眉に挙げられている。
私は井上靖という作家が好きだったが、最晩年の小説が「孔子」であり、その小説のテーマは天命であった。井上靖は孔子が大河のほとりに立って流れを眺めながら言った「逝く者は斯くの如きか 昼夜を於かず」を激賞している。人生と自然が一体となり、スケールの大きい文学的な感性の横溢した私の好きな言葉だ。
孔子が70歳代になったとき自分の人生を振り返り述べた「我十有五にして学に志す 三十にして立つ 四十にして惑わず 五十にして天命を知る 六十にして耳従う 七十にして心の欲するところに従いて矩をこえず」この10年おきの年代を私は自分の生き方の目標にしてきた。しかし現実には難しく、特に六十代の「耳順」、人の話に耳傾けることはできなかった事は慙愧に耐えない。
孔子の思想である儒教は江戸時代、官学の朱子学と民間の陽明学に分かれる。陽明学は「知行合一」で知ることと行う事の一体を求めた。政治家は行動家であらねばならないと考えていたから、もちろん私は陽明学派だ。
白川静氏は「孔子伝」で、孔子は挫折した革命家という表現をしている。
この孔子論を私は愛す。
政治に夢を持ち続け、挑戦し、挫折し、絶えず希望・挑戦・挫折の連続だった孔子の簡明直截な言葉が魂を揺さぶる。
孔子が、人類の教師として、2500年の時空を超えてわれわれの生き方に大きな影響を与えてくれているゆえんだと思う。

4月12日 戦争と平和

パーマリンク 2014/04/13 10:34:14 著者: y-ishida2 メール

生の政治から距離を置き、大学に馴染み、学者との交流も増えた。政治世界に生きていたころは学者、特に政治学者の言うことなど理屈という偏見を抜け切れなかった。
最近、中部大学の三浦陽一さんという国際政治学者と親しくなった。この三浦さんが先日何気なく言ったことに興味をそそられた。どの国でも建国の由来を見るとその国の意思が理解できる、と。例えば、アメリカという国家はイギリスから独立戦争を経て誕生した。だからアメリカは戦争を否定はしない。戦争を否定したら、そもそもの自国の成り立ちのアイデンティティが成立しない。
その話を聞いていて思い当たった。それはわが国の建国にまつわる神話だ。
日本を考えるにあたって「古事記」の中に書かれた神話を無視することはできない。
「古事記」の中に、国譲りの話が出てくる。かの有名な大国主命の神話だ。オオクニヌシ一族は日本列島の先住民族の縄文人であり、渡来人であるアマテラス一族の弥生人に征服された。アマテラス一族は伊勢神宮を先祖神となし、先住民族の鎮魂のため出雲大社を建てた、という説もある。
要するに、日本列島の原型は、先住民族から、渡来人に平和裏に国譲りされたたというのが神話の語るところである。
とすれば、日本人はもともと戦争を好まない、平和主義の民族であると言える。
今朝の報道で、日本の「憲法9条」が、ユネスコの世界遺産に検討の承認をされたというのを知った。
このオオクニヌシの国譲り神話を考えれば、戦争放棄をうたった憲法9条は正真正銘民族の歴史的アイデンティティであり、まさに世界遺産に相当しよう。

ここで話を少々変える。
昨年「中央公論」12月号に「壊死する地方都市」というタイトルで、わが国将来の人口予測の特集があった。今のままの少子高齢化率で推移したら、わが国の人口は50年先には8000万少々となり、地方都市は過疎から消滅という戦慄のシュミレーションだ。
私はこのシュミレーションを引き合いに出しあちらこちらで話題にしてきた。
ところが、最近の急激な安倍内閣の内外の動きを見るに、そんな人口問題の前に、戦争が起きるかもしれないという予感がしてきた。グローバリズムの問題を経済という視点で杞憂していたが、実はそれ以上にグローバリズムの波は戦争の危機をクローズアップする。  世界の国のほとんどが、建国のプロセスを見てみると、獲った、盗られた戦争の歴史を刻む。戦争を否定できない建国の歴史を持つのは決してアメリカ一国ではない。ユーラシア、アメリカ、アフリカ大陸を始め、国境が陸続きの国は、そもそも戦争の火種はある。現在のウクライナ情勢でも知れば知るほど、紛争は歴史の根が深く、世界中に戦争の可能性を秘める。

TPPという経済問題に気が行っていたが、防衛に関する最近の安倍内閣の動きを見ていると、グローバリズムの潮流にどんどんはまり込み、国譲りの神話世界から、平和主義を建国のレジェンド(伝説)としてきたこの国のアイデンティティが揺らぎ始めたような危機感を覚える。

3月24日 靖国神社

パーマリンク 2014/03/25 07:38:15 著者: y-ishida2 メール

最近祭について論ずるようになり、神社とか神道という宗教について今までより深く考えるようになった。また政治という職業に従事し国会議員も経験したので、靖国神社というものの存在について改めて私なりの考えを整理することにする。
私がそもそも祭りに関心を持ったのはもうかれこれ20年も前、犬山市長選挙に立候補した時だ。さる方から、市内の神社をすべて回ってみなさいと言われ必勝祈願で回った。人口75000規模の町に65の神社があり、そのすべては誠に美しく清掃され整っていた。 そこに日本人の神社を中心とする精神世界を垣間見、その後多少の勉強もし、日本の祭は神仏習合であり、日本人の信仰心のエッセンスであると悟った。
祭を知ることは、日本人はいかに生きてきたかを知ることであり、これから何処へ行くかを考える一つのヒントになる。
この経験が、祭研究をしてみたいと思ったモチベーションになった。
太古の昔、われわれ日本人は死ぬと山に葬られた。その死者の霊を時々お迎えして祀ったのが祭の始まりである。欧米人の人生は生者のみの世界であるが、日本人は、生者と死者を区別しない民族であるらしい。
まさに全国津々浦々澎湃として持続している日本の祭は死者の霊を迎え、邂逅し、対話する場と時なのだ。そして、そのすべては死者を生み育てた、故郷と共同体へのアイデンティティに収斂する。

ところが、日本中でただ1ヶ所毛色の違った神社がある。それが靖国神社だ。
私は、叔父が太平洋戦争で戦死し靖国神社に祀られているので、政治家になって以来何度も参っている。「遊就館」も見学し、戦争の歴史に思いを馳せ、当時の日本人はたいしたものだというかって経験したことのない質の感動に襲われたこともあった。
が、冷静になって考えてみると、あの靖国神社は戦争を礼賛しているようにもとられかねない施設だ。そこまでは考え過ぎにしろ、あの神社は明治以来、日本には日本の事情があったにせよアジア各国を侵略した歴史を否定していないことは事実だ。
靖国神社は、国家の意思で戦争を起こし、戦死した軍人に限って、その霊を弔うのではなく、顕彰し、軍神と崇めることによって次の戦争に向かう軍人の士気を鼓舞する、国家による戦争肯定の装置であったと考えるに至った。
偏狭なナショナリストの戦争肯定論も世の中にはあろう。靖国神社はそういった「タリバン」に支持された国会議員が参ることも止めようはない。しかし、総理大臣や閣僚が参ることは、国家の意思となる。諸外国から日本という国が戦前の植民地政策と戦争を反省せず、本音では肯定していると捉えられても誤解ではない。
私は以前司馬遼太郎の歴史小説の虜になり、明治国家の讃美者だった。明治時代は透き通るような青空の明るさがあったという司馬の表現を素直に信じていたものだ。が、最近祭の研究をするに従って、神道という日本古来の宗教を非宗教化し国家神道にし、廃仏毀釈を断行したこと、靖国神社を作り、アジアへの侵略の守護神にしたことなどの歴史を考えると、明治国家の罪は深いと見方を改めた。
日本史の中で、わが国の近代化は、宗教の世界に深く大きい傷を負ったと思うようになった。

3月2日 からくり人形

パーマリンク 2014/03/07 07:44:36 著者: y-ishida2 メール

映画「鑑定士と顔のない依頼人」鑑賞。
なぜこの映画を見る気になったかというと、「からくり人形」が登場すると聞いたからだったが、テーマ自身面白かった。
テレビの「なんでも鑑定団」はなかなか興味引かれるストーリーテラーだ。以前、台湾の故宮博物院へ行った時、「古物霊あり」という言葉を教えられた。古い文物には一種の霊があり、その価値を知る人の手元へ必ず吸い寄せられるように落ち着くという思想。北京から台北へ中国4000年の歴史を持つ文物が移動した物語を表していた。テレビの「なんでも鑑定団」やこの映画のオークションのように、審美眼や時間の淘汰の試練を経た価値を持つ骨董品に値段をつけるのはいかがなものかと思うが、そこは経済学という分野に妥協しよう。
しかしながら、この骨董世界には金銭には表現不可能な価値観が決定的なファクターになることが重要だ。そこに反面、人の心の不確実さみたいな不安定のフィクションが入り込む。
言葉を変えると、詐欺師的なキャラクターも十分入り込む。それはそれで、面白さもある。事実、私の周りの骨董愛好者の話を聞いて、さて、どこまで信用していいのやら、私は時として聞き流す。
この映画がそもそも数値では表現出来ない価値観を有し、虚構で成り立つ骨董世界を舞台にして、男女の恋愛感情も絡めたミステリー仕立てで、最後のどんでん返しまでのストーリーを盛り上げるのは、誠に当を得た発想と感心した。ミステリーとどんでん返しはこの世の常ではないか!
さて話を初めに戻し、からくりについて述べる。主人公の天才鑑定士バージルを嵌めていく詐欺師を演じる脇役の青年技術者が、顔のない依頼人(主人公とこの謎の女性との恋に落ちる過程もからくりである)宅で拾う部品から、からくり人形を組み立てて行く過程に私は関心を持った。このからくり人形はオートマータと呼ぶ自動仕掛けの笛吹き人形であり、作者は18世紀フランスの天才的技術者ヴォカーソンの作であった。当時、フランス、ドイツなどヨーロッパ各地にオートマータの技術は驚くべき域に達したが、時を同じくして、わが国のからくり人形もほとんど同じくらいのレベルに達していた。西洋のオートマータが、貴族社会を中心の文化であったのに比べわが国のそれは、座敷からくり、興業からくりもあったものの、主流は祭礼での神への奉納として発達普及したものだった。
現在でも私の故郷犬山祭には30体以上のからくり人形が祭のときには元気に動き、「鑑定士と顔のない依頼人」に出てくる18世紀フランスのからくり人形となんら遜色のない動きを見せる。
この映画で、主人公の鑑定士が笛吹き人形の部品を拾って、宝物でも見つけたような驚きを示す場面があるが、犬山祭の凄さを改めて再認識した映画であった。

2月9日 走ること

パーマリンク 2014/02/12 07:04:18 著者: y-ishida2 メール

玩物喪志という言葉がある。物ではないが、趣味とか道楽にのめり込み、それを人に話すことは控えめにすべしと心がけてきた。が、趣味世界から自分の人生の成熟を知ったり、ヒントを得ることもある。

私の趣味は走ることだ。子供のころから走ることが得意で、運動会の前日など興奮してなかなか寝付かれなかったし、当日はほとんどヒーローだった。まずかけっこをして負ける事を知らない少年だった。競技者としては一流にはなれなかったが、走ることが得意で、好きだったので、以来60年以上走り続けている。

今日犬山シティマラソンで10キロ走った。このイベントは中京大学教授の小林義男さんが生みの親だが、犬山市長になった直後、どこか外国のシティマラソンと提携できないだろうかと彼に相談した。小林さんはアメリカに留学の経験があり、カリフォルニア州デービス市のシティマラソンを見つけてくれた。 そこで私は小林さんとデービスまで出かけ、ホームステイし、走ってきた。まずシティマラソン同士が姉妹提携し、それが発展し、犬山市とデービス市が姉妹都市になり、その後両市の市民は毎年交流をしているし、多くの出会いやドラマが生まれた。デービスに行った時初めてアメリカの地方議会をウヲッチする機会を得、市長や議員に会い地方自治の実態や、アメリカンデモクラシーを学んだ。例えば、日本ではシティマラソンに市行政は多額の助成金をつけるが、デービス市民はそんなこと考えもしない、すべて市民一人一人の参加費で運営されていた。また、市役所の職員など日本のように動員せず、ただ、道路使用のため行政が関与するくらいのことで、まったく民間の運営に任されていた。
個人的な趣味が仕事に生かされ、社会に広がりを持ち、貢献できた例だと自負している。

走ることにかくも年季が入るとほぼ自分の速さは計算できる。時速10キロで走ると、一歩の歩幅は1メートル、歩数を数えれば距離が出、タイムもほぼ設定できる。今日は10キロ60分の予想し、59分20秒で走ることができた。体が時計になっている。
若い頃は自分より年配の人や女性やフォームのおかしな人に追い抜かれるとカッとなり抜き返したり、ペースを乱されリズムが狂うことがあったが、この年になると周りには無頓着、終始マイペースを守ることができ、自分の精神的成熟を見ることができた。
木曽川沿いを走りながら、真冬の真っ青な天空に雪を置く伊吹山や、屹立する犬山城の美しさに息を飲むゆとりもあった。
たかが走ることだが、私にとっては人生の縮図にさえなっている。

1月14日 東京都知事選

パーマリンク 2014/01/17 12:56:50 著者: y-ishida2 メール

東京都知事選挙に細川護煕さんが、小泉純一郎さんの支援を受けて立候補することになるようだ。
雲間に電光のようなきらめきを見、目頭が熱くなった。
政治というものも捨てたものじゃないという新鮮な感情が込み上げてきた。
政治という営みが人の心に一瞬にして希望の灯をともす力のあることを今一度知った。
私はこのところ、自民党を中心に原発再稼動の方向が作られていく予感がしてた。アベノミクスだ、経済成長だ、景気だ、景気だ、という声がだんだん大きくなり、結局は原発再稼動に世間の空気が作られていく。これは止めようがないという危機感と結局世間は金儲けなんだという脱力感に支配されかけていた。
だから私は感動したのだ!
「ちょっと待て、俺たちがその空気を引き戻してみる。」というのが細川、小泉両人のメッセージなのだ。
テレビで、報道陣に取り囲まれた細川・小泉両人の顔は、完全に戦闘モードで、覚悟を決めた男の顔だった。

脱原発に関しては、2月10日に、中部大学で物理学者の武田邦彦教授と私がスピーカーでフォーラムを開催する予定になっているので、私の主張は後日述べることにするが、一言で言うと原発推進論者は経済成長至上主義に尽きる。「ミダスの呪い」というギリシャ神話があるが、拝金主義の罠に陥っている。が、世の中は、拝金主義が現実であり、脱原発は非現実的な夢想家の理想論なんだ。
その夢想家の主張をするために、70歳過ぎた彼らは立ち上がった。しかも彼らは、世の中は多分権力欲を含めた欲望で動くものだという事も知り尽くす政治的人間の徒類だ。  人間というものは汚辱なものであるという理解を乗り越えた老境にある二人の男のロマンが雲間の電光のようにきらめいた。
細川さんはテレビの前でこういった「当選するかわからないが、脱原発を皆さんに考えてもらうため立候補することが大事だ」
私はこういう筋書きに弱い。かのラマンチャの男ドンキホーテの決め台詞を思い出す。
「狂気とはなんだ?現実のみを追って夢を持たぬのが狂気かもしれぬ。夢におぼれて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。中でも憎むべき狂気は、ありのままの人生に折り合いをつけてあるべき姿のために戦わぬことだ。」

選挙は一種メタファー(暗喩)でありアナロジー(類推)でもある。
私はほとんど物語の世界を楽しんでいるのかもしれない。
先日見た映画、クリントイーストウッド主演の「許されざるもの」をリメークし、渡辺健が熱演した明治初期の時代劇アクションを思い出した。一度現役引退し百姓をしていた武士が、義によって悪代官一派を皆殺しにする筋書き。私の頭の中では、渡辺健と小泉純一郎が完全に重なって見えてきた。
じっとしておれん。
オレも、東京へ応援に出かける!

12月31日 一年を振り返る

パーマリンク 2014/01/05 09:46:08 著者: y-ishida2 メール

昨年の11月から始めた「犬山城下町を考える会」が13回目を迎えた。
城下町が賑わいを取り戻したが、何となく表面的なだけで、腑に落ちるものがないので、数人の人とまちづくりについて雑談をしようという軽い気持ちで始めたのが一年余続いた。 今までの私なら、一方的に持論だけ喋って「ハイ、サヨウナラ!」であったが、毎月第1月曜を例会日と決め、案内状を自分で書き、自宅ではあるが会場の準備をし、会議はなるべく自分の意見は慎み、他人の意見を聞く側に回った。        
自分のスタイルを変えたのだ。
毎回15人程度の人が来てくれる。
城下町に賑わいは戻ったが、それは観光客が大勢来るようになっただけで、中は空洞化しているし、この城下町界隈に住む人の生活は置き去りにされているのではないかというのが集まる人のほゞコンセンサスである。
時代の言葉で言えば、少子化や高齢化に対する視点がまるでないという事だ。観光客が来て金儲けができればいいではないかという今の犬山城下町の空気は、外国との経済競争に勝って景気を良くすることが一番だ、という今の日本に漂う空気とシンクロする。

回を追うごとに来る人の話を聞くのが一種楽しみになってきた。だから続いたのだ。

だんだん、自分の気持ちが、この城下町を考えることに集中してきた。
結局、私の人生の最終点であり、始発点に戻ったと考えるようになってきた。最終点は、自分の故郷、この地に生まれ、人生の始まった場所のことである。
犬山城下町は、わがパトス(ふるさと)でありポトス(ばしょ)である。
私がスピーカーになり、「犬山祭」の話もした。
この一年間で、最も興味深かったのは、愛知県埋蔵文化センターの赤塚次郎さんの話だった。この地の氏神である針綱神社の歴史を古代時代までさかのぼって「東ノ宮古墳」の話になった。一気に犬山城下町の物語が歴史を遡り、広大無辺の地平が広がった。
時間軸というものは、現時点を起点とすると、未来を見はるかすのと過去に遡ることとは、上に行くか下に行くかの違いはあるが、同じ時空の広がりを持つ。歴史を2000年遡ることは2000年の未来を見ることとほとんど同じ時空を飛翔できる。時間軸をそんな風に使って自分自身の人生を先祖の歴史と結びつけることができた。
今年得た最大の収穫であった。
そして、来るべき来年はこの流れの中で、己の人生を進化させていこうと思う。
これから除夜の鐘を突きに行く。


新年が冬来るのはいい。
時間の切り替えは縦に空間を裂き     
切面は硬金属のようにピカピカ冷たい。  
精神にたまる襤褸をもう一度かき集め、  
一切をアルカリ性の昨日に投げ込む。   
私はまた無一物の目新しさと       
すべての初一歩の放つ芳しさとに囲まれ、 
雪と霙と氷と霜と、           
かかる極寒の一族に滅菌され、      
ねがわくは新しい世代というに値する   
清楚な風を天から吸おう。        
最も低きに居て高きを見よう。      
最も貧しきに居て足らざるなきを得よう。 
ああしんしんと寒い空に新年は来るという。

高村光太郎 

11月26日 スピーチ

パーマリンク 2013/11/27 11:53:09 著者: y-ishida2 メール

政治家という職業に生きてきたので、スピーチをするという事については他の職業の人より多少注意深く、自分なりに研究もしてきたつもりだ。

最近は大学に籍を置き、学者との付き合いが増え、また、シンポジュームとか研究会に出席する機会があり、学者の話を聞く機会が多くなった。学者という職業はとにかく書物を読むからどうしても話が説明になる。そして、大学関係者の話はほとんどがコンピュータを使い、資料の山だ。
先日中部大学で催されたシンポジュームで、私以外のパネラーは全員コンピュータを駆使していた。ほとんど書物の文章のみをパワーポイントで説明していた人もいた。何だかコンピュータを使うと科学的なイメージで、より高度なことを言っているような気がするが、実際聞き手に伝わっているのだろうか。
私は疑問に思う。

勿論スピーチといってもケースバイケースではあるが、所詮スピーチは話し言葉で表現し、伝達するのが原則ではないか。
私はまとまった話をする時はストーリーのレジュメは作るが、あえて電子機器は使わない。話の進行によって黒板を使いチョークでキーワードだけを手書きすることにしている。
私は作家の話を数人聴いたことがあるが、作家は話がうまい。なぜか。作家という職業は物語を作るプロだからだ。話は物語ることと心得るべし。
頼山陽は物語を常に起・承・転・結で構成した。
「大阪本町 紅屋の娘
姉は17 妹15
天下の諸大名 弓矢で殺す
紅屋の娘は 目で殺す」        起承転結のモデルとして、レジュメを作るとき拳拳服膺している。

先日至学館大学での「祭シンポジューム」で、中沢新一さんの講演は私の人生に残る感動の名講演だったが、何の資料も無く、ただ喋るだけの時間帯だった。私は一字一句聞き逃すまいと必死でメモを取り、集中した。

話は物事を説明することではなく、言葉を植え付けることである。と小林秀雄は言っている。彼はスピーチの勉強にと落語をよく聞いたそうだ。
そのエピソードを知り、私も談志の落語や虎造の講談を何度も聞いたものだ。森繁の読み語りも絶妙で、引き込まれる。

このように、私も私なりに努力をしてきたが、話は難しい。瞬間芸術で、捉えどころがない。
世の中には実に話がうまく、うらやましくなるような才能の人がままいる。
私も、あなたは話がうまいといってもらえるような人間になりたいと思ってこれでも研鑽をつんでいる。

11月17日 祭シンポジューム

パーマリンク 2013/11/20 12:15:51 著者: y-ishida2 メール

至学館大学の伊達コミュニケーション研究所長としての初仕事、「日本の祭シンポジューム」を開催。
基調講演に哲学者の中沢新一さんをお願いし、他のパネラーも私自身考え抜いて選んだので、発信する側は準備万端自信満々だったが、聴衆側は何人来てくれるか心配だった。  100人来てくれればいいかなと思っていたが、開けてみると200人近くの人が来てくれた。まずこのことに胸をなでおろすとともに、来ていただいた人たちに感謝したい。
大学主催の研究会はほとんど人に聴かせるという視点がなく、発表することに力点を置く。 その点で、私の企画は、至学館大学に新たな地平を開いた。政治を職業にしてきた者が大学に入れる新しい血液だ。
大勢聴きに来てくれたことに応えるかのように、中沢さんが、圧倒的なスケール観の話をしてくれた。
哲学という言葉と概念を私は好きだ。彼は哲学のない人間だとか、あの人の話には哲学を感じるとかいう時、それは、単なる個別のテーマではなく、人生について、生き方そのものについての次元となる。今日の中沢さんの話は、人間はどういう原理で生きているかという視点で、圧倒的な知性と思考の深さを感じ、言葉の力にほとんど酔った。  
中沢さんの話で、一番鋭く私の心に突き刺さったのは、祭の原理は、ムダ使いすることいわば富の蕩尽にあり、経済成長が意味があるというのは企業家のでっち上げである。祭をやることはある意味経済成長とは何かをわれわれに問いかけているという切り口だった。
我々は、金に限らず、時間やエネルギィを後先のことを考えず、ハメをはずして浪費するとき、一種爽快感を得る。爽快感を通り抜け、陶酔感といっていいような世界に入る。祭にはそんな魔力が潜むし、その魔力がエネルギィとなり生命力を生むことを知っている。
基調講演の後、国学院大学教授の茂木栄さん、京都祇園祭理事長吉田孝次郎さん、文化庁調査官菊池健策さんがそれぞれの立場から祭を考察した。私としては、茂木さんから、もう少し日本人の信仰心というようなテーマで、神道について専門家の話を聞きたかったが、時間の制約があったので、腹膨るる思いであった。
世の中にはシンポジュームが溢れている。政治、経済、医療、社会保障、エネルギィなどなど。しかし、今日のテーマは新鮮であった。私の狙いに参加者は今後どう反応してくるのだろうか。
今日の議論を今後どう発展させたらいいのか、暫くゆっくり温めながら考える。私の役目は、議論の次の行動にある。具体的にどう次のアクションに結び付けていくかである。        人が本来持つ祭に対するエネルギィを素直に引き出しさえすればそれでいいのだが。

11月3日 文化の日

パーマリンク 2013/11/06 07:45:37 著者: y-ishida2 メール

今日は「文化の日」という国民の祭日だが、戦前は「明治節」と言って明治天皇の誕生を祝う記念日であった。わが国は大東亜戦争に敗戦し、それまでの帝国憲法を廃止、天皇制を大きく見直したが、やはり国体の根っこにはこの日本史の継続性がある。新憲法や天皇制を考えることも大切だが、今日は文化について考えた。
17日の「日本の祭シンポジューム」が近づくにしたがって、私の頭の中は、「祭」をどう考えるかという事に集中しつつある。始めは、伝統的な宗教行事に基く祭以外は意味がないと思い込んだが、だんだんいろいろな人の意見を聞くうちに、考え方も多少柔軟になり、視界が広がった。
これも一種「祭」と呼ぶが、岡崎市の「ジャズストリート」に参加した。このイベントの仕掛け人、同前慎治さんから招かれ以前からファンの1人である。この日、この町に入ると岡崎という町全体がジャズにスィングしているような軽快感に絡み取られる。音楽の力だ。市民の表情が何時もとは何処となく違って見える。文化の力だ。日本ジャズ界至宝のドラマーと呼ばれる森山威男カルテットの演奏に酔った。晩秋の午後、岡崎城能楽堂。市民は溢れ、求め、満たされていた。
先日私は京都洛北のとある寺院を訪れた。比叡山を借景に枯山水の庭園があり、それを眺める廊下に岡本太郎の解説があった。曰く「借景とは大自然と人工的な構築物との相対する存在の芸術的弁証法である」
何故祭に人が集まるのか、何故人は祭をやり続けるのか。そしてまた、これからもそれを持続することが大切なのか。私は考える。
この日、岡崎に行く前に、知多半島阿久比の秋祭りを観た。「萩大山車保存会」会長の青木賢治さんに山車の最上階に乗せてもらって巡行した。青木さんは山車の天井にオレのじいさんが寄付した名前が書いてある、このことはオレの息子が成長したら言い伝えていくと話した。日本の祭は先祖との邂逅であり、血の繋がりを継承する。
ここでも、人は溢れ、満ち足りていた。
私は現在、人の集まる原理をこんな風に整理する。
日本の伝統的な祭りは地縁・血縁の共同体を形成する力となり、持続力となる。音楽やスポーツなどで人を引き付けるイベントは文化力で人の心を捉え、集合させる。前者は歴史という経糸(たて)であり、後者は現世の緯糸(よこ)世界だ。この、いわば、縦糸と横糸でゴブラン織りにするのが磁力あるまちづくりではないか。それが、まちという空間を3次元から4次元空間にする。
その時まちは持続可能な、永遠の生命体と成る。
ただし、今後至學館大学で追求するのは、縦糸の論理、グローバルエコノミーが破壊する、地縁血縁を重視する共同体の再生である。

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